論文
第53巻第13号 2006年11月 昭和ヒトケタ男性の寿命-世代生命表による生存分析-岡本 悦司(オカモト エツジ) 久保 喜子(クボ ヨシコ) |
目的 1980年代に社会的関心を集めた「昭和ヒトケタ短命説」について,その寿命への影響を世代生命表を用いて30歳以降の生存率により定量的に検証した。
方法 1920~1949年出生の男性コホートについて,戦争などの影響を受けていない30~55歳の年齢別死亡率から生存率を算出し推移を観察した。さらに,戦争などの影響を受けなかったと仮定した場合の生存率の改善を傾向線で表現し,昭和ヒトケタを中心とした世代の観察された生存率と傾向線との差から,戦争などによるコホート効果を65歳までの生存率で定量的に推計した。
結果 1926~1938年に出生した男性において,30歳以降の生存率の停滞が明瞭に観察され,その相対的低下は1932年生まれにおいて最も顕著であった。この年に出生した男性の30歳のうち65歳まで生存した者の割合は,戦争などの影響がなかったとしたら辿ったであろう生存率と比較して1.87%低かった。この世代の30歳時人口が約82万人であったことから,65歳まで到達できた者が約1.5万人,あるべき数より少なかったことを意味する。1926~1938年間全体では30歳男性1037万人に対して65歳到達者は,あるべき数より11.7万人少なかった(1.1%)。また,30歳以降の生存率は,世代を追うごとに改善されてきたが,1929年出生者については,わずかながら前世代を下回る現象が確認され,さらに終戦時に乳幼児だった1942~1944年出生世代でも,30歳以降の生存率にわずかながら停滞現象が観察された。
結論 発育期を戦争中に過ごしたという「負い目」は30歳から65歳までの生存率を1%以上低下させる影響をもたらした。戦後生まれ世代との格差は彼らが老齢に入るにつれてますます拡大している。彼らがまだ中年だった頃に初めて発見された現象は一時的なものではなく,人生最後までつきまとう「この時期に生まれたるの不幸」であった。
キーワード 世代生命表,コホート効果,生存率,中高年死亡