論文
第72巻第5号 2025年5月 訪問看護事業所の増加は医療費削減に寄与したか-2015年~2021年の全市町村におけるパネルデータ解析-石川 武雅(イシカワ タケマサ) 髙島 佳之(タカシマ ヨシユキ) |
目的 本研究は,2015年から2021年における全国1,741市町村を対象に訪問看護事業所数の増加が入院医療費および総医療費に与える影響を定量的に検証することを目的とした。
方法 本研究は,厚生労働省や政府統計の総合窓口(e-Stat),総務省による公開情報から,2015年から2021年における各市町村の総人口,65歳以上人口,世帯数,病院数,在宅療養支援診療所数,訪問看護事業所数,平均所得割額,入院医療費,総医療費を収集した。目的変数に総医療費および入院医療費,説明変数に訪問看護事業所数,調整変数に人口密度,高齢化率,世帯当たり人口,病院数,在宅療養支援診療所数,平均所得割額を投入したプールドOrdinary Least Squaresモデル,固定効果モデル,変量効果モデルを作成した。作成した3つのモデルから,F検定,Breusch-Paganのラグランジュ乗数検定,ハウスマン検定を用いて,最も適切なモデルを選択した。有意水準は5%と設定した。
結果 2015年から2021年にかけて,全国の市町村における訪問看護事業所数,高齢化率,入院医療費,総医療費は全体的に増加傾向を示した。入院医療費,総医療費いずれのモデルにおいても,モデルの比較において固定効果モデルが最も支持された。固定効果モデルの結果より,訪問看護事業所数の係数は入院医療費に対して627.4(95%信頼区間:456.0-798.7,p<0.001),総医療費に対して857.9(95%信頼区間:700.1-1,015.7,p<0.001)であり,訪問看護事業所数の増加が医療費の増加と有意に関連していた。
結論 本研究は,訪問看護事業所数の増加が入院医療費および総医療費の増加と有意に関連していることを明らかにした。これらの結果は,訪問看護の供給拡大が短期的な医療費削減に直結しない可能性を示唆している。しかし,訪問看護は患者のQOL向上や在宅療養の継続など,医療費以外にも重要な効果をもたらす可能性があり,その総合的な価値を評価する必要がある。また,予防的な介入は短期的には医療費を増大させるが,長期的には重篤な疾患の進行予防により医療費を是正させる可能性もある。そのため,より長期における訪問看護の効果を検証する必要がある。医療費の適正化と質の高いケアの両立を目指し,訪問看護の質の向上,標準化,質評価の強化,診療報酬制度の見直しなど,多角的な政策対応が求められる。
キーワード 訪問看護,医療費,パネルデータ,市町村データ